2018年4月30日月曜日

Macquarie Is. VK0AI

昨日(29日)VK0AIが17mのFT8でSpotされていて、聞こえていたので呼んでみましたが、ダメ。 で、しばらくしたら居なくなっちゃって20mにQSY。ここでも呼んでみるも応答無し! 1時間近く色々やっていましたが、ダメでした。 
VKとかWとかJAも?少しはやっていたみたいですが、まともなQSO(73で終わる)になっているものはあまり無かったような気がします。 耳が悪いんだろうか? 僻地なのでノイズに埋もれるようなことはないでしょうが、QRMで取れないのかな? IC-7300みたいなので??
Macquarie Isは 1967年3月1日に15mのSSBでQSOしているだけなので、もう一つ二つ欲しいですが、どうなることか、、、。

ところで、1967年3月のリグ調べてみたら、PSN方式の自作2E26Finalの10WSingleBand送信機に12m High位の2el Quadでした。 受信機は自作の高1中2(Single Band)。 高校受験の前後の、「まー、今更じたばたしてもしようがない。」モードの頃ですねー。 こんな設備でよくQSO出来たものです。 (まともな測定器無しで、とうやって作ったか? AFのPSNは市販の物、RFはファラデーシールドで、コイルは受信機制作本に出ていたグラフに線を引いてφと巻き数を調べ、後は、短波の聞こえるトランジスタラジオと20Wの蛍光灯!! 今考えると、恐ろしく向こう見ずなチャレンジ! SSBになっているのかDSBなのかは最後まで分からず、適当にQSO出来ていたので、SSBになっていると信じていましたが、、、。 この頃はみんなAMで、それも送信中に周波数が何Khzもずれてゆくような局が多かった、CEとかLUの局はピューって言いながらーSSBで受信していたのでー暫くズッていってやがて安定なんて、大らかな時代でした。)

この後、高校合格祝いに国際電気のメカニカルフィルタ買って貰い、夏休みまで掛かって、虎の子メカフィルの有効利用にシングルバンドのトランシーバを自作していました。 高校のクラブの先輩には「トバンシーバ」等と揶揄われていましたが、、、。高校生活は、トランシーバのデザインで始まり、頭の中はKWM-2やヒースキット、ハリクラフターの回路図やパネルデザインでいっぱい(その頃のCQ誌には毎月有名なRigの回路図がついていたのです。大らかな時代)! 勉強の入るスペースが無くて、360人中の300番台の成績で、母親が担任との面接で「お宅のお子さんは何かされているのですか? この下には野球部とサッカー部の生徒しかいませんが、、」と言われて泣いて帰ってきたのでした。 で、夏休みは早朝から数学や英語の補修講習を受けていましたねー。でも高校に入って部活でほんとにありがたかったのはGDMが使えたこと! お陰で、夏休みが終わるころには6146Finalの21Mhzトランシーバがちゃんと動いていました。 学業成績はそれ以降も卒業まで低迷していましたが、、、。

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